〜給食室より〜

〜ここは明治22年の山形県忠愛小学校の様子〜


 忠愛小学校は、お寺の中にある学校でした。

 いまのように、おなかいっぱい食べられなかった時代のお話です。

 学校にもおなかをすかせた子どもがたくさんいました。


 はらぺこの子どもたちのためになにかできることはないか?

 勉強を教えていたお坊さんたちは毎日考えていました。
 


 そこで忠愛小学校では、学校で昼ご飯を出すことになりました。


 これが、
学校給食のはじまりです。

 そのころのメニューはこんな感じ!!

 給食は全国へ!!


 忠愛小学校からはじまった学校給食は全国に広まり、おなかをすかせた子どもたちを助けました。

給食中止

 第二次世界大戦により食べ物が不足

 外国から脱脂粉乳や缶詰などの食材が届けられ、ふたたび給食がはじめられるようになりました。

〜そして昭和21年12月24日

おしまい

 給食再開を記念して学校給食週間がさだめられました。

 再開された12月24日は冬休みなので、1ケ月後の
1月24日から30日までを全国学校給食週間としています。

 給食が食べられるのは、あたりまえのことではありません。
 毎日食べるのがあたりまえになっている人はいませんか?

 
食べ物を大切にする気持ちをもちながら、残さず食べるようにしましょう!!


 普段、中に入ることのできない給食室の中を見てみよう。ここで、みんなが毎日食べている給食を作っています。

 みんなの給食を作ってくれている給食の先生は5人です。毎日、寒さに負けず、400人分の給食を作っています。材料もたくさん来ます。

 毎日給食が食べられることに感謝しましょうね!

給食室をのぞいてみよう!

みんなは、
   ちゃんと使えるかな?